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第1回:レトリックとは? レトリックの本質。【面接で満点合格を目指すためのレトリック理論講座】(20回連載シリーズ)

執筆者の写真: 河野正夫
河野正夫
18 時間前
読了時間: 8分

【面接で満点合格を目指すためのレトリック理論講座】(20回連載シリーズ)


第1回:レトリックとは? レトリックの本質



<このレトリック理論講座をマスターすれば、必ず、教採の面接で合格を勝ち取ることができます!>



★この連載が立つ場所



前の連載で、一つの結論に到達しました。



面接とは、人が人を主観で評価する場である。


そして、その主観に働きかける技術が存在する。



その技術には、名前があります。



レトリックです。



今回は、その正体を扱います。



名前を知るだけでは、使えません。


何であるのかが分かって、はじめて動き出すことができます。





★レトリックという言葉の響きを、いったん外します



日本語でレトリックという語は、否定的に使われることがあります。



口先だけの話。


言葉の綾。


中身のない飾り。


相手を言いくるめる詭弁。



新聞やテレビでも、こうした含みで使われる場面があります。


ですから、この連載の題名を見て、少し身構えた方もいらっしゃるかもしれません。


本心を語るべき場で、技術を使ってよいのだろうか、と。



ここを先に片づけておきます。


この連載で扱うレトリックは、次のようなものではありません。



話術ではありません。


うまく話す技、よく回る器用な口先のことではありません。


美辞麗句ではありません。


言葉を飾り立てて、立派に聞かせる作業ではありません。


詭弁ではありません。


嘘を本当らしく見せる技でもありません。


小手先のテクニックでもありません。



その場しのぎの受け答えとは、別のものです。



では、何なのでしょうか。



★レトリックとは何でしょうか



定義を立てます。



レトリックとは、人がなぜ納得するのかを解明し、納得を設計する学問です。



二つの面を持っています。



一つは、解明の面です。


なぜ人は動くのか。


どういう語りが届き、どういう語りが届かないのか。


この仕組みを研究する、理論の側面です。



もう一つは、設計の面です。


解明した知見を使って、実際の語りを組み立てる。


この実践の側面です。



理論と実践の往復。


これが、レトリックの実質です。



研究だけでは、学者の仕事に終わります。


実践だけでは、経験則の集まりになります。



両方を持っているところが、この学問の特徴です。



★本質その一 判定者は、聞き手の側にいます



ここから、本質に入ります。



三つあります。



一つ目です。



多くの受験者は、自分の語りを自分で採点しています。



正しいことを言えたか。


言い忘れがなかったか。


構成が整っていたか。


時間内に収まったか。



鏡の前で練習し、録音を聞き返し、自分で合格点をつけます。



しかし、ここに根本的なずれがあります。



採点表は、自分の中にありません。


聞き手の中にあります。



正しく言えたかどうかは、基準ではありません。


相手に届いたかどうかが、唯一の基準です。



この二つは、驚くほど一致しません。



自分では完璧に言えたと感じた回答が、面接官には何も残っていない。


逆に、言い間違えた回答が、強く印象に残っている。



こうしたことが、実際に起こります。



レトリックは、この一点から出発します。



判定の権限を、相手に渡す。


そして、相手の側で何が起きるかを考えて、語りを設計する。



以降の十九回で扱うすべての工程が、この一点から導かれます。



なぜ結論を先に置くのか。


聞き手が、最初に要点を受け取れるからです。



なぜ具体的な場面を語るのか。


聞き手の中に、映像が浮かぶからです。



なぜ語尾を下げるのか。


聞き手が、押し返されずに済むからです。



すべて、聞き手の側に理由があります。



自分がどう語りたいかという基準は、どこにも出てきません。

相手の中で何が起きるか。


この一点だけで、判断していきます。



★本質その二 レトリックは、内容を含みます



二つ目です。


ここに、大きな誤解があります。



レトリックを、中身の上に乗せる包装だと考える方がいらっしゃいます。



先に内容を決める。


あとから、表現を整える。



そういう順序を想像します。



実際は、違います。


何を語るかという選択そのものが、すでにレトリックの領域です。



自分の経歴の中から、どの経験を選ぶか。


その経験の、どの場面を切り出すか。


何を語らずに済ませるか。



これらはすべて、レトリックの判断です。



古典レトリックが、五つの工程の第一に発想を置いているのは、そのためです。


何を語るかを見つける作業が、最初の工程として数えられています。



ですから、この連載は話し方の講座とは別のものになります。



声の出し方から始めるのではありません。


何を語るかから、扱います。



そして、この性質には、受験者にとって大きな意味があります。



レトリックを学ぶことは、表面を磨く作業ではありません。


自分が何を大切にしているのかを、はっきりさせる作業でもあります。



どの経験を選ぶかを考えるうちに、自分が何に心を動かされてきたのかが見えてきます。


技術を学ぶ過程が、そのまま自己理解の過程になります。



★本質その三 レトリックは、見えてはなりません



三つ目です。


これが、最も特異な性質です。



レトリックは、それがレトリックだと気づかれた瞬間に、すべての力を失います。



技術であることが見えてはならない。



この条件を持つ技術は、他にあまりありません。



料理人の技は、見えても構いません。


職人の技も、見えた方が信頼が増します。



レトリックだけは、違います。



面接官が、「ああ、うまく話す練習をしてきたのだな」と感じた瞬間に、語りの力は消えます。



どれほど正しい内容でも、受験のために用意したものとして受け取られます。



日本庭園の自然美を思い出してください。


石の配置、木の枝ぶり、苔の広がり。


そこには、自然そのままの美しさがあるように見えます。


実際は、徹底して計算され、徹底して手入れされています。


一本の枝の角度にまで、人の手が入っています。


それでも、見る人は人工美として受け取りません。


計算を感じさせない工夫が行き届いているためです。



レトリックも、同じ構造を持っています。


ここから、一つの帰結が生まれます。


浅く学んだレトリックは、見えてしまいます。


そして、見えた瞬間に、逆効果になります。



技法を一つだけ覚えて使うと、その技法だけが浮き上がります。


覚えた言い回しを本番で挟むと、そこだけ声の調子が変わります。



ですから、体系として深く学ぶ必要があります。


中途半端が、最も危険な領域です。


この連載を二十回に分けている理由も、ここにあります。



★二千年の学問です



ここで、この学問の背景に触れておきます。


レトリックは、古代ギリシャに起源を持ちます。


人を納得させる仕組みが、学問として研究されるようになりました。


アリストテレスが『弁論術』を著して以来、二千年以上にわたって、研究が積み重ねられています。



西洋では、長く教育の中核科目でした。


文法、論理と並ぶ、学問の基礎として扱われてきました。



人の前で語り、人を動かす。


この力を、教育の柱として位置づけてきたわけです。


そして現代では、コミュニケーション理論として発展しています。



マーケティング。


広報。


選挙戦略。


危機管理。



大きなものが動く実務の場で、この理論が精密に運用されています。



経験則の集積ではありません。


観測と検証を重ねて組み上げられた体系です。



★日本の受験者に、学ぶ機会がなかった理由



一方で、こういう事情があります。


日本の学校教育に、レトリックという科目はありません。



作文の書き方は学びます。


発表のしかたも、ある程度は学びます。



しかし、聞き手を動かすための設計を、体系として学ぶ機会は、ほとんどありません。



ですから、面接という場に立ったとき、何を頼りにすればよいかが分かりません。



正しいことを言おうとする。


覚えた言葉を並べる。


気持ちで押し切ろうとする。



これは、学ぶ機会がなかったことの結果です。


本人の能力とは、まったく関係がありません。



逆に言えば、学べば変わります。


ここが、この連載の前提です。



学ぶ機会がなかっただけであれば、機会を作れば済みます。


二十回を通して、その機会をお届けします。



★なぜ、面接でレトリックが効くのでしょうか



前の連載の結論を、受けておきます。



教員採用試験の面接は、測定器として厳密ではありません。


面接官は、採用の専門家ではありません。


構造化面接の手法も、取られていません。


評価は、面接官の主観で決まります。



主観で決まる場では、主観に働きかける技術が最大の力を持ちます。


つまり、教員採用試験の面接は、レトリックが最も効く場の一つです。



にもかかわらず、レトリックを理論として学んでいる受験者は、ほとんどいません。


空白があります。


そして、空白はそのまま好機になります。



★この連載の進み方



全体の地図を示しておきます。


各回の詳細には、立ち入りません。



第一部では、レトリックが働く原理を扱います。



何を目指すのかを、先に明確にします。


目標が見えない状態で技法を学ぶと、使い分けの判断ができません。



第二部では、語りを作る工程と技法を扱います。



古典レトリックが定めた五つの工程。


そして、その中で使う具体的な道具です。


ここが、連載の本体になります。



第三部では、実戦での運用と、全体を束ねる原理を扱います。



準備していない質問が来たとき、どう組み立てるか。


そして、すべての技法を束ねる最上位の原理とは何か。


全二十回で、理論の体系を一通り手にしていただけるように組んであります。



★第1回のまとめ



三つの本質を、もう一度置きます。



一つ、判定者は、聞き手の側にいます。


自分の採点表には、意味がありません。



二つ、レトリックは、内容を含みます。


何を語るかから、すでに技術の領域です。



三つ、レトリックは、見えてはなりません。


計算し尽くして、計算を感じさせない。



この三つを手元に置いて、次回からの各回を読み進めてください。


どの回を読んでいるときも、この三つに戻れば、何のための技術なのかが分かります。




河野正夫




 
 
 

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