第14回:ナラティブ 経験を物語として語る。【面接で満点合格を目指すためのレトリック理論講座】(20回連載シリーズ)
【面接で満点合格を目指すためのレトリック理論講座】(20回連載シリーズ)
第14回:ナラティブ 経験を物語として語る
★同じ出来事を、二人が語ったとします
学級経営で工夫していたことは何ですか。
この質問に、二人の受験者が答えたとします。
二人は、同じことをやっていました。
提出物を集めるときに、学級の名簿に自分でチェックを付けていた、という行為です。
一人目の答えです。
「はい。私は、提出物を集めるときに、学級の名簿に自分でチェックを付けていました。係の生徒に数を数えてもらうと、誰が出していないかが分かりません。名簿で見れば、出していない生徒がその場で分かります。締切の日に全員分そろうように、前の日に声をかけるようにしていました。提出物の管理は、学級経営の土台になると考えています。」
二人目の答えです。
「はい。私は、提出物を集めるときに、学級の名簿に自分でチェックを付けていました。出していない生徒に、その日のうちに声をかけられるからです。中学生になると、用事がないのに話しかけられるのを嫌がる生徒がいます。提出物のことなら、こちらから声をかける理由ができます。私は、名簿のチェックを、その日に話す相手を決めるための印として使っていました。」
やっていることは、一字も違いません。
どちらも、名簿にチェックを付けていただけです。
一人目が与えた意味は、締切を守るための管理です。
二人目が与えた意味は、話しかける理由をつくることです。
二つの答えから出てくる教師は、別の人になっています。
差を作ったのは、行為ではありません。行為に与えた意味です。

★面接官が受け取っているのは、意味です
面接が終わったあと、面接官の手元に残るものを考えてみます。
名簿にチェックを付けていた、という行為は、二人とも同じです。残るのは、その先にあるものです。
一人目からは、きちんとした人だ、という印象が残ります。
二人目からは、中学生が用事なく話しかけられるのを嫌がると知っている人だ、という印象が残ります。
面接官は二人か三人います。
面接が終わったあと、受験者について話す場面があります。
そこで口に出せるのは、意味のほうです。
名簿にチェックを付けていました、という行為だけでは、話が続きません。
面接の最中でも、同じことが起きます。
追質問を作る材料になるのも、意味の側です。
二人目に対しては、用事がないと話しかけられない生徒には、ほかにどう関わりますか、という質問が作れます。
一人目に対しては、聞くことが思い浮かびにくくなります。
教員採用試験の面接は、似た経験を持つ人が続けて座る場です。
学級担任をした、授業をした、保護者と話した。経験の中身そのもので差が付くことは、あまりありません。
差が付くのは、その経験に与えられた意味です。
出来事に意味を与えて語ること。これがナラティブです。
★意味を与えないと、面接官が付けます
意味を与えないまま語ると、こうなります。
「はい。私は、提出物を集めるときに、学級の名簿に自分でチェックを付けていました。毎日、放課後に確認して、出ていないものがあれば翌日に伝えていました。細かい作業ですが、続けるようにしていました。」
ここで話が終わります。
行為を述べ切ると、続けるものが残りません。
別の材料でも、同じことが起きます。
学級通信を毎週出していました。
金曜日に配っていました。
欠席した生徒には、翌週にまとめて渡していました。
これも、行為の報告です。続けるものがありません。
このとき、意味を付ける仕事は、面接官の側に渡ります。
渡された面接官は、自分で意味を付けることになります。
そして、そこで付く意味は、たいていありふれたものになります。
まめな人だな。
細かいところまでやる人だな。
面接官は、一日に何十人もの話を聞いています。
まめな人だな、という印象は、前の受験者にも、後の受験者にも付きます。
意味を自分で与える理由は、ここにあります。
与えないと面接官が付け、付いた意味は、自分のものになりません。
★経験の量では決まりません
この連載の読者には、学級担任を何年もしてきた方、講師の方、学生の方、別の仕事から受験される方がいます。
経験の量で差が付くという前提に立つと、年数の少ない方は不利になります。
ただ、意味を与える作業は、経験の量では決まりません。
教育実習しか経験のない受験者の語りを置いてみます。
「教育実習の三週間で、私は、提出物を集める係を任されました。名簿にチェックを付けていると、同じ生徒が続けて出していないことに気づきました。担当の先生にお伝えしたら、その生徒は家で机に向かう時間が取りにくいと聞きました。出していないという一つの事実の後ろに、別のことがあると知りました。」
三週間の経験です。学級を一年持った年数もありません。
それでも、出していないという事実の後ろに別のことがある、という意味が与えられています。
この見方は、年数では手に入りません。
別の仕事をしてきた方も、同じです。
前の職場で毎日やっていたことに、意味を与えられます。
受け付けで人の名前を覚えていた。工程の記録を自分で取っていた。
そこに、自分の何が表れているかを置けば、教師としての語りになります。
逆のことも起きます。
十年の経験があっても、行為を並べるだけなら、残るものは一つです。
意味づけは、持っている出来事の数でも、勤めた年数でもなく、その出来事をどう見たかで決まります。
★意味は、面接室では作れません
面接室では、質問を聞いてから答え始めるまでに、数秒しかありません。
その数秒で、自分の経験に意味を与える作業はできません。
ですから、意味は準備の段階で決まります。
やることは単純です。
自分がやっていたことを書き出して、その一つ一つに、これは自分の何を示しているか、と書いてみます。
一つ目に出てくる意味は、たいてい誰でも思いつくものです。
名簿にチェックを付けていた話なら、きちんとしている、が最初に来ます。
そこで止めずに、二つ目、三つ目を書きます。
三つ目のあたりで、自分の見方に近いものが出てきます。
書く作業は準備の段階、選ぶ作業は面接の場です。
質問を聞いてから、書いておいた意味の中から一つ選びます。
選ぶだけなら、数秒で済みます。
面接室で口から出てくるのは、準備の段階で書いた意味です。
書いていないものは、出てきません。
逆に言えば、書いておけば出てきます。
手元の出来事は、すでに全部そろっています。
あとは、意味を与える作業が残っているだけです。
★まとめ
同じ出来事を語っても、与えた意味によって、出てくる教師が変わります。
面接官の手元に残るのは、行為そのものではありません。
行為に与えられた意味です。
面接のあとに面接官が口に出せるのも、追質問の材料になるのも、意味の側です。
意味を与えないまま語ると、面接官が付けます。
そして、面接官が付ける意味は、ありふれたものになります。
意味を与える作業は、経験の量では決まりません。
三週間の実習でも、十年の学級担任でも、始まる場所は同じです。
そして、意味は面接室では作れません。
書き出しておいたものだけが、口から出てきます。
自分の経験に、自分で意味を与える。
満点に近い評価へ向かうときの土台は、ここにあります。
河野正夫

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