教育という名の「文明のバトン」 古代ローマの繁栄と没落が教える、教師という仕事の真の意味。
- 河野正夫
- 2025年12月31日
- 読了時間: 18分
河野からの大晦日、そして、新年を迎えるにあたってのメッセージです。
教育という名の「文明のバトン」
古代ローマの繁栄と没落が教える、教師という仕事の真の意味
はじめに:
時空を超えた問いかけ
「教育は何のためにするのか?」
これは、教育に携わる者であれば、誰もが一度は悩み、そして考え続ける永遠のテーマではないでしょうか。
子どもたちの幸せのため、社会の発展のため、あるいは個人の自己実現のため。
答えは一つではありませんし、時代によってそのニュアンスも変わるでしょう。
しかし、今日は少し視点を変えて、もっと壮大で、もっと根源的な視点からこの問いを考えてみたいと思います。
そのために、まずは皆様を「旅」にお連れしたいと思います。
場所はイタリア、ローマ。
そして時間は、今から約2,000年前へと遡ります。
映画や漫画で大ヒットした『テルマエ・ロマエ』の世界、そう、古代ローマ帝国の時代へ、
しばし、タイムスリップしてみましょう。
私は幼い頃から、この「ローマ帝国」という存在に魅了され続けてきました。
高校生の頃からは、その魅力をより深く知るためにラテン語を独学し、大学生になってからは何度も実際にローマの地を訪れました。
コロッセオの石壁に手を触れ、フォロ・ロマーノの廃墟に立ち、かつてそこに生きた人々の息吹を感じようとしました。
書物においても、塩野七生さんの大作『ローマ人の物語』をハードカバーで全巻(文庫版なら43冊にも及びます)読破しただけでなく、関連する歴史書や専門書を数百冊は読み漁ってきました。
欧米諸国において、古代ローマは今でも「文明の原点」として、人々の深い憧憬の対象となっています。
アメリカのホワイトハウスや議事堂の建築様式を見れば、彼らがどれほどローマに敬意を払い、自らをその後継者と任じているかがわかるでしょう。
かつて日本では、一部の歴史愛好家を除いて、そこまでローマへの関心は高くありませんでした。
しかし、『テルマエ・ロマエ』という作品が、古代ローマ人の「お風呂文化」をコミカルかつリアルに描いたことで、多くの日本人がこの古代文明に親近感を抱くようになりました。
では、改めて想像の翼を広げてください。
2,000年前のローマ。
そこには、現代の私たちが暮らす先進国と比べても、勝るとも劣らない高度な都市文明が広がっていました。
もちろん、社会制度としての奴隷制は存在しましたし、都市を離れた農村部では質素な暮らしがあったかもしれません。
しかし、帝国の心臓部であるローマや、ポンペイといった主要都市においては、驚くべき水準の生活が営まれていたのです。

第1章:2,000年前の「未来都市」ローマ
まず特筆すべきは、やはり『テルマエ・ロマエ』のテーマともなった「浴場システム」でしょう。
古代ローマの浴場は、現代日本にある「スーパー銭湯」や「健康ランド」を遥かに凌駕する規模と設備を誇っていました。
ローマに残る「カラカラ浴場」の遺跡をご存知でしょうか。
そこには、広大な敷地の中に、温水浴槽だけでなく、冷水浴槽、蒸気サウナ、マッサージ室、さらにはトレーニングジムのような運動場まで完備されていました。
それだけではありません。
浴場施設の中には、図書館があり、会議室があり、ワインを楽しめるバーや、食事を提供するレストランまで併設されていたのです。
一度に数百人、時には千人以上もの市民が、汗を流し、ワインを傾け、書物を読み、政治や哲学について熱く語り合う。
まさに、市民生活の中心地、「大人の社交場」としての機能を持った空間が、帝国内の至る所に整備されていました。
そして重要なことは、これらが特権階級だけのものではなく、一般市民に広く、しかも極めて安価に(あるいは無料で)開放されていたという事実です。
これほど大規模な入浴施設があるということは、当然ながら、それを支えるインフラも完璧でなければなりません。
ローマの都市には、現代の土木技術者も舌を巻くほどの、精緻な「上水道システム」と「下水道システム」が完備されていました。
数十キロメートル、時には数百キロメートル離れた水源から、水道橋を使って清潔な水を都市に引き込み、鉛管を通して各家庭や公共施設に配水する。
そして使った水は、地下の下水道網を通じて速やかに都市外へ排出する。 市民は蛇口をひねれば(当時のバルブを回せば)、いつでも新鮮で冷たい水を飲むことができました。
トイレも、もちろん水洗式でした。
私たちが「現代的で清潔な生活」と呼んでいるものの原型は、この時代にすでに完成されていたのです。
娯楽施設に目を向けてみましょう。
ローマのシンボルとも言える「コロッセオ(円形闘技場)」は、約5万人を収容できる巨大スタジアムです。
現代の日本のドーム球場と同じくらいの収容人数ですが、その設計思想は現代建築顔負けです。
5万人の観客がスムーズに入退場できるよう、88か所もの出入り口が設けられていました。
座席はすべて指定席で、市民には座席番号が記されたチケット(陶片など)が発行されていました。
さらに驚くべきことに、コロッセオには開閉式の巨大な天幕(ウェラリウム)が備え付けられており、強烈な地中海の日差しや雨から観客を守る「全天候型スタジアム」として機能していたのです。
さらに、映画『ベン・ハー』で有名な戦車競走が行われた「チルコ・マッシモ(大競技場)」に至っては、なんと15万人以上を収容できたと言われています。
15万人です。
現在の日本最大のスタジアムである国立競技場や日産スタジアムですら、7万人前後であることを考えれば、そのスケールの大きさに圧倒されます。
週末になれば、15万人の市民が熱狂し、贔屓のチームに声援を送っていたのです。
そして、それらの施設を結ぶ「ローマ街道」。
「すべての道はローマに通ず」という言葉通り、帝国内には地球を数周するほどの距離の道路網が張り巡らされていました。
それらの道路は、馬車がスムーズに通れるように平らに舗装されていました。
しかも、単に石を置いただけではありません。
地下2メートル近くまで掘り下げ、何層もの基礎工事を行った上で、表面を隙間なく石で舗装するという、極めて堅牢な作りでした。
だからこそ、2,000年経った今でも、その一部は現役の道路として使われているのです。
パンテオン神殿に見られるコンクリート建築の巨大ドームの美しさ。
草原を横切る水道橋の優美なアーチ。
フォロ・ロマーノ(市民広場)に立ち並ぶ神殿や公会堂の洗練されたデザイン。
これらは単なる遺跡ではなく、かつてそこに「豊かな生活」があったことの証明です。
古代ローマやポンペイの都市になくて、現代の東京や大阪にあるもの。
極論を言えば、それは「電気」と「コンピューター(電子機器)」くらいではないでしょうか。
それ以外の、快適な住居、清潔な水、衛生的なトイレ、整備された道路、充実した娯楽、医療、法律、金融システム……。
人間が人間らしく、文化的に生きるための要素のほとんどは、2,000年前のローマにおいて、すでに完成の域に達していたのです。
古代中国や、あるいは日本の古代建築にも素晴らしいものはありました。
しかし、「一般市民の生活レベルをこれほどまでに向上させた」という意味において、ローマ文明は特異な輝きを放っています。
第2章:消えた文明のミステリー
さて、ここからが本題への入り口です。
ローマの歴史自慢をしたいわけではありません。
ここで皆様に、衝撃的な、そして少し怖い質問を投げかけたいと思います。
2,000年前、現代の私たちと変わらないほどの快適な生活を享受していたローマの文明。
その圧倒的な技術と知識は、ローマ帝国の滅亡後、一体どこへ消えてしまったのでしょうか?
歴史の教科書では、ローマ帝国の後は「中世」と呼ばれる時代に入ります。
かつて「暗黒時代(ダーク・エイジ)」とも呼ばれたこの時代、ヨーロッパの人々の生活はどうなったでしょうか。
驚くべきことに、あれほど完備されていた上水道システムは機能を停止し、人々は清潔な水を簡単に手に入れることができなくなりました。
下水道も詰まり、あるいは忘れ去られ、衛生環境は極端に悪化しました。
有名な話ですが、華やかなイメージのあるフランス革命の頃(18世紀後半)のパリやヴェルサイユ宮殿でさえ、まともなトイレはありませんでした。
人々は排泄物を「おまる」にし、それを窓から通りへ「気をつけて!」と叫びながらぶちまけていたのです。
道路は泥濘(ぬかる)み、悪臭が漂い、伝染病が蔓延する世界。
古代ローマ市民が当たり前のように入っていた「温かいお風呂」に、ヨーロッパの一般庶民が再び日常的に入れるようになったのは、なんと19世紀、産業革命以降のことだと言われています。
2,000年前にはあった5万人収容のスタジアムも、15万人収容の競技場も、石切場として解体されるか、廃墟となって土に埋もれていきました。
コンクリートを作る技術も失われ、パンテオンのような巨大ドーム建築を作る方法は、ルネサンス期にブルネレスキたちが再発見するまで、1,000年以上も謎のままでした。
なぜでしょうか?
なぜ、人類は一度手に入れた「快適な生活」と「高度な技術」を、1,000年以上もの長きにわたって手放してしまったのでしょうか。
もちろん、歴史学的な要因はいくつも挙げられます。
キリスト教の禁欲的な教えが広まり、現世での快楽(風呂や娯楽)よりも来世での救済が重視されたこと。
ゲルマン民族の大移動による混乱で、都市機能が破壊されたこと。
帝国の分裂による経済圏の縮小。
これらはすべて事実でしょう。
しかし、それは表面的な理由に過ぎません。
文明が消滅し、技術が失われた根本的な原因。
それは、「教育の断絶」です。
ローマが持っていた高度な文明や技術を、次の世代に正確に伝え、教え、継承していくという「教育の営み」が、どこかの時点でプツリと途絶えてしまったのです。
どんなに高度な技術も、それを知る者が次世代に教えなければ、その人が死んだ瞬間に永遠に失われます。
水道橋のアーチを組む計算式を知っている技師が、弟子にそれを教えずに死んでしまえば、次の世代はもう水道橋を作れません。
コンクリートの配合比率を知っている職人が、それを秘伝として抱えたまま戦乱で命を落とせば、人類はコンクリートという便利な素材を失うのです。
一度失われた知識や技術を、ゼロから再発見・再発明するには、気の遠くなるような時間が必要です。
ローマの高い文明レベルに人類が再び到達するのに、1,500年以上もの歳月(ルネサンス、産業革命を経て20世紀まで)を要したという事実が、それを物語っています。
たった一度の「教育の断絶」が、人類の歩みを1,500年も停滞させ、後退させてしまったのです。
これは技術だけの話ではありません。
言葉や文化さえも、教育がなければ消滅します。
あの巨大なピラミッドやスフィンクスを作った古代エジプト文明。
彼らが残した「ヒエログリフ(神聖文字)」は、壁画やパピルスに大量に残されていたにもかかわらず、紀元後数世紀以降、誰も読めなくなってしまいました。
読み書きを教える学校がなくなり、読める人がいなくなったからです。
19世紀にシャンポリオンがロゼッタ・ストーンを手掛かりに解読に成功するまで、1,000年以上もの間、エジプトの歴史は「沈黙」していました。
教育の断絶は、過去の歴史さえも封印してしまうのです。
第3章:教育こそが、人類の生存戦略である
こうして歴史を振り返ると、「教育」というものの本質が見えてきます。
教育とは、単に子どもたちに読み書き計算を教えたり、受験勉強をさせたりすることではありません。
教育とは、今私たちが享受している文明、文化、技術、そして幸せを、確実に次の世代へ渡し、さらにその次の世代へと繋いでいくための「生命線」なのです。
もし今、世界中で一斉に「教育」という営みをやめたらどうなるでしょうか。
学校を閉鎖し、家庭でのしつけもやめ、技術の伝承もストップする。
そうすれば、おそらく100年もしないうちに、私たちの現代文明は完全に崩壊するでしょう。
誰もコンピューターの仕組みを理解できず、新たに作ることも修理することもできません。
スマートフォンはただの黒い板になり、インターネットという概念すら理解されなくなるでしょう。
飛行機も、自動車も、いや、自転車さえも作れなくなるかもしれません。
コンビニエンスストアに並ぶ商品がどのように生産され、流通しているのかを知る者もいなくなります。
高度な医療技術も失われ、盲腸のような簡単な病気で命を落とす時代に逆戻りするでしょう。
教育がなければ、未来の発展がないどころか、現在の生活レベルさえ維持できません。 教育なしには、未来も、現在も、そして過去の記憶さえも、闇の中に消え去ってしまうのです。 教育の断絶は、時間をリセットし、歴史を消滅させる力を持っています。
ここで、生物学的な視点からも教育の重要性を考えてみましょう。
人間は、他の動物とは全く異なる進化の戦略を選んだ生物だと言えます。
それは、「遺伝子による進化」から「教育による進化」への転換です。
生物の進化の歴史を振り返れば、海に生まれた生命が陸に上がるまでには、何十億年という歳月が必要でした。
陸に上がった生物が空を飛べるようになるまで、さらに何億年もかかりました。
キリンの首がなぜあんなに長いのか。
それは、高い木の葉を食べられる個体が生き残り、何千万年もの時間をかけて遺伝子が淘汰された結果です。
遺伝子に進化を委ねると、一つの能力を獲得するのに、とてつもない時間がかかります。
寒冷地に適応するために毛皮を厚くするだけで、何十万年、何百万年とかかるのです。
しかし、人間はどうでしょうか。
人間は「空を飛びたい」と熱望してから、わずか数百年でライト兄弟が飛行機を発明し、空を飛びました。
「海に潜りたい」と願ってから、潜水艦を作り出し、深海へ到達しました。
「月に行きたい」と真剣に夢見てから、わずか数十年でアポロ計画を成功させ、月面に足跡を残しました。
今では、数十年、いや数年の単位で、新しい技術が生まれ、生活が劇的に変化しています。
なぜ人間だけが、これほどのスピードで進化(進歩)できるのでしょうか。
それは、私たちが「教育」というシステムを持っているからです。
先人が一生をかけて発見した知識や技術を、私たちは教育を通じて、わずか数年、数時間の授業で学び取ることができます。
エジソンが苦労して発明した電気の原理を、私たちは理科の授業で学び、それを土台にしてさらに新しい技術を開発することができます。
遺伝子を変える必要はありません。
毛皮を生やす代わりに、暖房器具や衣服を発明し、その作り方を教え合えばいいのです。
これは、人間という種が手にした最強の武器です。
しかし、同時に、これは最大の弱点でもあります。
魚の子は、親に教わらなくても泳げます。
鳥の雛は、学校に行かなくても空を飛べるようになります。
キリンの子は、放っておいても首が長くなります。
これらは遺伝子にプログラムされた能力だからです。
でも、人間は違います。
人間の子どもは、教わらなければパソコンを作れません。
学ばなければ、自動車のエンジンを組み立てることはおろか、火をおこすことすら難しいでしょう。
言葉でさえ、狼に育てられれば、人間の言葉を話せなくなります。
現在、空を飛んでいる鳥が、突然、飛び方を忘れて飛べなくなるには、遺伝子の変異が必要ですから、数百万年はかかるでしょう。
しかし、人間が飛行機の作り方を忘れるには、数百万年も待つ必要はありません。
わずか数十年間、一世代か二世代の間、教育が途絶えるだけで十分なのです。
たった数十年の教育の不在で、人間は文明のすべてを失い、原始の生活に戻るリスクを常に抱えています。
古代ローマ文明の崩壊は、まさにこの「リスク」が現実になった歴史的事件でした。 文明を支えていたのは、石造りの建物でも、強力な軍隊でもなく、目に見えない「教育の連鎖」だったのです。 その連鎖が切れたとき、強大だった帝国は、その知識とともに砂の中に埋もれていきました。
第4章:教師を目指すあなたへ
人類の未来を担う覚悟
ここまで、古代ローマの興亡と生物の進化という視点から、教育の意味を考えてきました。
そこから導き出される結論は、あまりにも重く、そして尊いものです。
教育とは、人類の英知を次世代に伝える唯一の手段であり、文明存続の鍵そのものです。
数十年間の教育の不在が、1,000年以上の文明の断絶をもたらす可能性がある。
先人たちが血の滲むような努力で積み上げてきた科学、芸術、思想、哲学……それら全ての財産は、「教育」という細い糸一本で、辛うじて未来へと繋がれているのです。
これから教師を目指そうとしている皆さん。
教員採用試験に合格し、教壇に立つことを夢見ている皆さん。
皆さんがこれから就こうとしている「教師」という仕事は、単に教科書の内容を教えたり、子どもの成績を上げたりするだけの仕事ではありません。
もちろん、目の前の子どもの成長を支えることは大切です。
しかし、その行為の奥底には、もっと壮大な意義が流れています。
教師とは、「人類の文明の守護者」であり、「未来へのバトンランナー」なのです。
あなたが教室で語る言葉、あなたが子どもたちに伝える知識、あなたが示す生き方。
その一つひとつが、人類が数千年にわたって築き上げてきた文明を、未来へ繋ぐための架け橋となります。
もし教育が止まれば、人類の進化は止まります。
それどころか、私たちが人間らしくあるための基盤そのものが崩れ去ります。
人間にとって、教育はDNAと同じくらい、いや、それ以上に重要な「社会的遺伝子」なのです。
DNAが失われれば生物としての人間が消滅するように、教育が失われれば、社会的存在としての人間文明は消滅します。
教師という存在がいなければ、私たちの社会は明日を迎えることができないのです。
いささか熱く語りすぎてしまったかもしれません。
実は、この話は私が初めて教員採用試験対策講座を担当した際、その第1回目の講義、「講座開き」で受講生たちに向けて語った内容がベースになっています。
それ以来、私は機会があるごとに、この話を教師志望の方々に伝えています。
なぜなら、教員採用試験という目前の壁に挑む前に、まず「なぜ自分は教師になるのか」「教育とは一体何なのか」という本質的な問いを、人類史という大きなスケールで感じてほしかったからです。
「教育は何のためにあるの?」 面接官にこう聞かれたら、皆さんはどう答えるでしょうか。
模範解答としては、「子どもの人格の完成のため」「社会の形成者として必要な資質を養うため」といった言葉が並ぶかもしれません。
しかし、心の中では、もっと自由で、もっと熱い答えを持っていてほしいのです。
「子どものため。未来のため。過去のため。人類の歴史のため。そして、人間が人間であり続けるため」
これは、面接でそのまま言えば「話が大きすぎる」と笑われるかもしれません。
しかし、教師という職業の根底には、これくらいの気概と哲学が必要です。
私は常に自らに問い続けています。
「教育とは何か?」
「教師とは何をする職業か?」
答えは簡単には出ませんし、経験を重ねるごとに変わっていくものでもあります。
だからこそ、これから教師になる皆さんにも、この問いを抱き続けてほしいのです。
教員採用試験は、確かに不条理な競争試験です。
合格するためには、面接のテクニックや、模擬授業のスキル、法規の暗記といった「受験技術」が必要です。
それは厳然たる事実であり、避けては通れない道です。
しかし、どうか忘れないでください。
受験技術だけで試験に合格し、教育への想いや情熱を持たずに教壇に立つ教師がいたとしたら、それは誰のためにもなりません。
子どもたちのためにもならず、人類の未来のためにもなりません。
少し厳しい言い方になるかもしれませんが、想いなくして教壇に立つ教師を、私は想像したくありません。
少なくとも私自身は、教育に対する熱い想い、ロマン、そして責任感を、常に持ち続けようと心に誓っています。
競争に勝つことは重要です。
しかし、「何のために勝つのか」という「志(こころざし)」は、もっと重要です。
試験に合格するということは、ゴールではありません。
教師としての長いマラソンのスタートラインに立つ資格を得たに過ぎません。
重要なのは、なぜそのスタートラインに立ちたいのか、その理由を自分自身が深く理解していることです。
教師として働きながら、走りながら考えることもできるでしょう。
最初から完璧な教育観を持っている人などいません。
教師もまた、子どもたちと共に成長していく未熟な存在です。
しかし、「成長していく」ということと、「今は何も考えていなくていい」「想いがなくてもいい」ということは違います。
何らかの想い、何らかの哲学、何らかの愛がなければ、教師として子どもに向き合うことはできません。
子どもは、教師が成長するための練習台でも、道具でもないのです。
この一点に関してだけは、私はどうしても譲ることができません。
なぜなら、それが子どもたちのためであり、社会のためであり、ひいては、古代ローマから続く人類の長い旅路を、未来へと繋ぐ唯一の道だと信じているからです。
結びに:誇り高き職務へ
教育は、地味で、根気が必要で、すぐに結果が見えない営みかもしれません。
ローマの水道橋のような派手さはないかもしれません。
しかし、皆さんが教室で行う日々の授業、子どもたちとかわす何気ない会話、その一つひとつが、見えない「文明の水道橋」となり、未来へ豊かな水を送り届けているのです。
オッカムの剃刀で無駄を削ぎ落とすことも大切ですが、その根底にある「熱いマグマ」のような情熱だけは、決して削ぎ落とさないでください。
その情熱こそが、教育という営みを支える最も強い柱なのですから。
さあ、ローマへのタイムスリップから戻りましょう。
目の前には、現実の課題である教員採用試験が待っています。
しかし、今の皆さんの胸には、単なる受験生としての不安だけでなく、人類の未来を担おうとする「誇り」が芽生えていることを願っています。
教育は何のためにするのか。
その答えを、あなた自身の人生を通して、証明してください。
未来の教室で、あなたを待っている子どもたちのために。
そして、まだ見ぬ未来の光のために。
河野正夫


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